妹の訃報を受け、対面した日

  1. 自死遺族として
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母から早朝に電話があり嫌な予感がしました。親族の誰かの訃報に違いないと察したからです。それは間違いであり、また正しくもありました。

「●●(妹の名前)が、命を絶ちました」

母はゆっくりと告げました。それを聞いた瞬間、涙とうめき声で何も話せなくなってしまいました。これから東京の警察署へ行くという母の着時間に合わせ、私も新幹線に飛び乗りました。

朝から何も食べられませんでした。会社を休んで付いて来てくれた夫が「食べなきゃだめだよ」と食べ物を差し出してくれるのですが、鼻が詰まっているので何か口に入れると息ができず、苦労して少し流し込みました。それでも同じ気持ちで東京に向かう母のことが気がかりで「何か口に入れるんだよ」とLINEで母にメッセージを送りました。とにかく母が心配でした。

警察に到着後、警察官の方から詳しい事情説明を受け、その後、検死を担当した医師から死因の説明を受けました。一通りの説明をお聞きして母が「娘に会えますか?」と言ったところで「こちらです」と案内されました。

警察の遺体安置所に寝かされていた妹は、濡れた髪で、寒そうに横たわっていました。母が叫ぶように妹の名前を呼び続ける声。私は震えながら母の肩を抱き、声を抑えてボタボタと涙を流しました。「線香を…」と警察が言い、私は「妹に線香なんてあげません」と言い捨て、遺体安置所を後にしました。

警察の面談室には、妹の夫の家族と、妹の夫の家庭教師の先生がいました。家庭教師の先生は「●●(妹の名前)さんに●●(妹の夫の名前)の愛が届かなかったことが残念でなりません」と言われました。その言葉に、この人は妹の夫がした行為を何も知らないのだろうかと不審に思いました。

警察から妹の所持品をお返しいただきました。鞄、衣服、携帯、所持品。私は母に気づかれないように妹のケータイを確認しました。妹は必ず証拠を残していると考えたからです。そして、それを見つけました。

眠れず、泣き続け、憔悴しきっている母。今見せるには余りにも酷い内容で、私は証拠をそっと非表示にしました。その判断が果たして良かったのか、悪かったのか、今でも分かりません。

もうこれ以上、母に辛く悲しい思いをさせたくない、その一心でした。

怒りで我を失いそうな気持ちになるのは私だけでいい。そう思いました。

Rのために@自死遺族裁判中

2018年5月に妹を自殺で亡くした自死遺族です。不特定多数との不倫で妹を自殺に追い込んだ妹の夫S氏に対し慰謝料請求の裁判中。お問い合わせはrnotameni (at mark) yahoo.co.jp までメールでご連絡ください。

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