いのちの電話主催、自死遺族支援の講演会へ

  1. 自死遺族として
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自死遺族の講演会があると知った時、正直に言うと、行こうかどうか悩みました。

なぜなら、リアルで関わる周囲の方に自死遺族であることを話したことがないので、万が一知り合いに会ってしまったらどうしようとか。同じ自死遺族の方の話を聞きながら、フラッシュバックして号泣してしまったらどうしようとか。色々考えてしまったからです。

それでも、参加する勇気が持てたのは、私がもう2度と妹のように自死に追い込まれるような人を出してはいけないと強く感じていることと。将来的に、妹と同じように悩んでいる人たち、そして、同じように苦しんでいる自死遺族の方の手助けになるようなことができればと考えているのが理由です。

純粋に、同じ自死遺族の方のお話を聞いてみたい気持ち。遺族のケアについて勉強したい気持ち。もしかしたら、将来的に、私自身が講演会でお話しすることを目指したい気持ち。色んな気持ちを抱えて参加しました。

妻と息子さんを自死で亡くされた自死遺族の方のお話

講演会で講師としてお話しくださったのは、長年、自死遺族支援に取り組まれている方で、ご自身も妻と息子さんを自死で亡くされた自死遺族の方でした。

心情、背景、自死に至る過程など同じ自死遺族でも本当に様々

自死遺族といっても、様々な方がいらっしゃいます。心情、背景、自死に至る過程も本当に様々です。今日、僕は自分の体験を土台に話すけれども、自死遺族という人間のほんの一部。

自死遺族ってこういうものだ、とひとくくりにしないで、想像力をもって、遺族の問題を考えるきっかけにしてほしい。

同じ自死遺族として、何だかほっとしました。多様性を認めていただくことで、ひとりひとりが受け入れられている気がするんですよね。

同時に、こうしてブログを通じて自死遺族としての気持ちや考えを発言している以上、何かを決めつけることがないよう、つまりは、誰かを傷つけることがないようにしたいな、と改めて思いました。

安易な「自殺予防」「命を大切に」の言葉は遺族を傷つける

「自殺予防」「命を大切にしなさい」という言葉について。丁寧に定義される場合は問題ないが、少し安易な形で引用される際、自死遺族にとっては、亡くなった大切な家族のことを否定されているニュアンスで伝わる場合がある。ナーバスに受け取る遺族もいる。

僕も遺族になってはじめてその感覚に気づきました。もうちょっと丁寧に一人一人の在り方に向き合いたいなと思った。

これは、私も痛感します。同じ気持ちです。もし私が妹だったら…と考えた時、きっと妹と同じ道を歩んだだろうなと思ってしまうからです。妹の遺書を読んでも、妹の気持ちが痛いほど分かる。

命を大切にしなければならない、それは正しいです。でも自死が悪い訳ではなく、自死に至るその要因の究明と解決が、大事なのだと思います。

他にも、自死遺族が辛かったこととして、いくつか例が挙げられていました。自死した直後に、前向きすぎる言葉を掛けられること。悲しみを奪わないで欲しい。

それから、震災や災害、難病で亡くなった、生きたくても生きられなかった人と自死した人を対比すること。自殺した人は、ものすごく複雑な事情、心の運び、矛盾を抱えていて、決して安易に亡くなった訳ではありません。

家族が自死した直後の状況

直後は、立ち直れなかった。何もしなくて、ごはんも食べられなくて、死んでもいいやって思っていた時期があった。僕を残して死んでいくなんて勝手だな。一緒に生きていこうって言ったじゃないか。ちょっとした怒り。生きていても仕方ないと死を意識した。

大切な人が自死してしまった直後の気持ちを、私も思い出しながら聞いていました。眠れず、泣き続け、ただ息をしているだけの日々。あの世がぐんと近くなって。死へのハードルがとても低くなり。ふとした瞬間に死を選んでしまいそうになる危うい時期。私たちはこの時が何度もフラッシュバックします。

自死遺族支援の道を歩まれることになったきっかけ

そのような状態から、一体どうして遺族支援への道へ歩まれることとなったのか、そのきっかけを話してくださいました。

ご縁があって自死遺族フォーラムに行ったら、演台で自死遺族の人が話をしている。えっ?と思って、その時に初めて遺族会の存在を知った。スイッチがカチッと入って。地元にあるなら行ってみたいと思った。

ところが地元にはなくて、他県の遺族会に顔を出すうちに、県に働きかけをして、地元の遺族会を立ち上げることに。そこから「生きづらさ」を抱えている人たちのサポートをしたいと考えた。


自死遺族になった瞬間は、他の人のことなんて思いもつかないです。それでも、同じように苦しんでいる人がいると知った時の、ひとりじゃないんだ、という安堵感。そこから見える、悲しいことに日本に大勢いる自死遺族。何かしたい、その気持ちのつながりがよく分かりました。私もそうだからです。

自死遺族として講演をすることは、辛くはない?

しんどい時もあります。しばらくは、とてもこんな人前で喋るとかはできませんでした。でも自死遺族支援に関わるようになって、支援する人が増えるといいなと思ったんです。自死遺族について考えてもらえる、きっかけが増えるといいなと思って。講演のお声掛けをいただけたら全国どこへでも行きます。

今は、話を聞いてくれることが励みになる。こうして目が合って、関心を持ってくれる、その瞬間、その関係性が大事だなと思う。まあ、しゃべりすぎて落ち込むことはあるけどね。

質疑応答の時間で、私の質問に答えて下さった時の回答です。お話を聞きながら、自死遺族であるという前に、人として、思いやりがあって、気さくで、素敵な方だなと思いました。全国から公演の講師にお声が掛かるというのも、そのお人柄なのだろうなと感じました。

今回こうしてお話をお伺いできて、講演会に参加できて本当に良かったです。

もしまた自死遺族フォーラムや講演会があれば、参加したいなと思いました。

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Rのために@自死遺族裁判中

妹を自殺で亡くした自死遺族です。妹を自殺に追い込んだ相手に対し裁判中。お問い合わせはrnotameni (at mark) yahoo.co.jp かTwitterのDMまで。

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